寄せられた お言葉
これまでの上映を通じ、寄せられたコメントやご感想を、いくつかご紹介させていただきます。
これからも、頂いたお言葉を随時、掲載いたします。
映画に頂戴したコメント
姫田 忠義 さん (民族文化映像研究所 所長) WEBサイト
野生の狼が日本列島にいなくなってから、まだ百年ほどしか経っていない。
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フフバートル さん (昭和女子大学人間社会学部准教授)
おいぬさま、ヤマイヌ。特殊な存在であるオオカミを「いぬ」と呼ぶ。肩甲骨を焼いて占いをする。山を信仰する。どれもが故郷のモンゴルのことを思いださせた。栄えた大都会のイメージが強い日本も自然にもどればモンゴルに近いのか。
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杤原 嗣雄 さん (宝登山神社 谷ツ平講 講元)
毎年宝登山神社や三峯神社に講中として「お犬様」を借りに、「お犬替え」と称し登拝しています。一年間家内安全をお守りいただけるので安心して生活ができます。
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田中 優子 さん (江戸学者/法政大学社会学部 教授) WEBサイト
過去は過ぎ去らない。まなざしを向ければ必ず出会える、と私は考えてきた。
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内山 節 さん (哲学者) WEBサイト
関東の里に暮らした百姓たちを、この映画は、武蔵の国という雄大な自然のなかでとらえかえした。
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平川 南 さん (国立歴史民俗博物館 館長 / 山梨県立博物館 館長)
かつて畏怖の対象であり、害獣から作物を守ってくれる尊い生き物でもあったオオカミ。
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上映会を通じて頂いたご感想
姫田 忠義 さん (民族文化映像研究所 所長) WEBサイト 狼は、日本では大正時代に絶滅したとされる。 | ||
清塚 信也
さん
(ピアニスト)
東京の西の方を舞台に繰り広げられていく、ささやかな信仰心と人々の自然に対する感謝から生まれた物語。 | ||
佐藤 英之 さん (Niche [ニッチ] 編集者) 批評社 WEBサイト 映画 『オオカミの護符』に投影された人びとの絆 (前略)… いま、理念としての自由と生活としての自由をどこでどう折り合いをつけるのか、地球規模でこの難問を突き付けられている現在、映画「オオカミの護符」は、いま一度、都市社会の生活を振り返って考えることを、私たちに問いかけているように見える…。(後略) | ||
秋山 茂 さん (元映倫外画審査員/シネマ夢倶楽部推薦委員) 農林業を営む人々は自然を敬う生態系の一員として暮らしてきた。農家にとって野生哺乳類の頂点に立つニホンオオカミの存在は、作物の害獣を駆除してくれる<大神サマ>であった。<お狗さま>として崇め信仰してきたお百姓さんたちの真摯な姿、隠れたる歴史に迫った万人必見のドキュメンタリーである。 (東京新聞夕刊 シネマ21プラス より 財団法人日本ファッション協会) | ||
岡野 薫子 さん (童話作家 / 画家) 今どき、こんな映画に取り組んでいる人がいる― という驚き。本当の信仰とは、この映画に登場する人たちの心をいうのだと思います。 | ||
飯島 聡子 さん (神奈川県横浜市 在住) 新聞で記事を読み、興味があって戸塚から来ました。日本で絶滅したとされるオオカミへの信仰。それが現代にも息づいているという記事内容が魅力的で宮前にも初めて、土橋も初めて、もちろん護符の存在も初めて知りました。でも来た甲斐がありました。 | ||
熊谷 裕一 さん (東京都武蔵野市 在住) (前略)・・・真に幸せな社会とは何なのかという問いかけは、今こそ大至急に考えなければならない課題です。 | ||
四宮 鉄男 さん (映画監督) =四宮さんのWEBサイトはこちらから= (前略)・・・物語は展開していくのに、どこにも収斂していく場所がなかった。 | ||
峯岸 英雄 さん (日本近代文学研究家) 今年の三月、興味深い映画が神奈川県川崎市で上映された。タイトルは、「オオカミの護符」。今も残る「御嶽講」と呼ばれる信仰行事を東京都下御嶽山(武蔵御嶽山)や東京調布、埼玉県秩父に残る「狗(おいぬ)さま」と呼ぶ獣(ニホンオオカミ)が描かれた護符を巡りながら、農村、農家と山(岳)との「信仰」の歴史を通した関連性を見事に表現したドキュメント。同映画は日本の山岳信仰というものが今日もなお生き続けていることだけでなく「自然と人生」というものが普遍的であることを証明している。 (「公評」2008年6月号 特集テーマ「感激」より) | ||
渡部 実 さん (映画評論家) (前略)・・・取材は冒頭から実写や航空写真によって現在の土橋と60年前の土橋を比較し、その違いを比べるところから始まるが、この映画の注目すべき点は、取材がお札の存在をめぐって土橋、馬絹、武蔵御嶽山、東京都調布市、埼玉県三芳、秩父といった各地にまで領域が広がり、一口にお札といってもそれこそ、地域によって様々な個性ある神事、行事から由来していることを丁寧な映像記録から捉えていることである。・・・(後略) (「キネマ旬報」 2008年7月下旬号より) | ||
